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Keiko Omata  / ケイコ・オマタ

(本名 小俣景鼓 )  プロフィール

 東京生まれ。作曲家、歌手。4ヶ国語話者(ポルトガル語、英語、フランス語、日本語)。カリタス短期大学フランス語科、立教大学フランス文学科、ブラジル音楽院作曲科卒業。リオ・デ・ジャネイロバプテスト神学大学院課程修了(教育及びキリスト教神学専攻)。

4歳でピアノを習い始め、19歳まで、ショパンなどのオーソドックスなクラシックを弾いて育つ。日本で20歳から歌を習い始め、ジャズを東郷輝久氏、世界的なジャズシンガー、チャリートに師事。声楽を広瀬恭子氏(昭和音楽大学助教授)に師事。大学在学中からボーカリストとして、コンサート活動を展開。1992年、台東区主催の浅草ジャズフェスティバルにて、ボーカル部門グランプリ受賞。同コンクールの懸賞として、オーストラリアのマンリー市の主催する「マンリージャズフェスティバル」に参加する一方、台東区とマンリー市の親善大使としての役割を果たす。その後ジャズボーカリストのキャリアを経て、1999年ブラジル音楽を研究するため、ブラジルへ留学。ブラジル音楽院入学し、ジェラルド・ヴェスパール(作曲家、ギタリスト)の指導の下、クラシック音楽作曲学士課程を習得。オペラ、シンフォニー、ソナタ、現代音楽などの楽曲を手がける。また、同時に声楽をJosé Hue, Patrícia Vilches, Ricardo Tuttimanに師事。数多くの声楽指導を受け、同1999年ブラジル国パラ洲ベレン市で行われた、国際オペラコンクール「ビドゥ・サイアン」に参加。大学在学以前より、フルートをトニーニョ・オルタの妹、

レーナ・オルタに、パンデイロをマルコス・スザーノとLanLan、ベリンバウをマルコス・シナ、キーボードをマルヴィオ・シリベーリ、ギターをガスパル・パース、又、セリア・ヴァイスにインプロヴィゼーション、ボサノバの歌唱指導をデニージ・ピノウに師事。

  2005年、日本の政府団体、「国際交流基金」の海外日本語研究者への奨学金を受領。「音楽、演劇を使った日本語教授」研究のため、日本へ一時帰国。

  2008年、ブラジル日本移民100年祭を記念してのプロジェクト「移民史を語る -Cantando a história dos imigrantes」においてプロデューサ、アレンジャー兼歌手として活躍。リオ市内の劇場、ブラジル銀行文化センター劇場、フルミネンシ連邦大学劇場、サラ・バーデン・パウエルなどで上演。又、同年、日本でのボサノバブームを綴った、TVEテレビ局の作製するドキュメンタリー番組、「Bossa nova sol nascente」に、ボサノヴァの巨匠、ロベルト・メネスカル、ワンダ・サらと伴に出演。その他、テレビ、新聞など多数取材を受ける。同年2008年リオ連邦大学の指揮科に復学、主にコーラスの指揮を学ぶ。

 2009年、メネスカル氏のプロデュースするCD(日本発売)の録音に参加。近年、同氏が所有する「アルバトロス・レーベル」の所属の歌手、アンドレア・アモリン、アレ・ヴァンゼラらが歌うMPBに日本語での訳詩を提供。その代表作として、ロベルト・メネスカル作曲、アンドレア・アモリンの作詞の「Solidão nunca mais - Bye bye blue」があり、同曲が収録されているCD「em outra direção」は日本でもリリースされている。同年、リオ・デ・ジャネイロ州、ニテロイ市の所有するレコード・レーベル、「ニテロイ・ディスコス」の開催するコンクールのMPB部門で合格し、当該レーベルからリリースされるコンピレーションアルバムに楽曲を提供。それが縁で、アルチュール・マイア(ベース)など、ブラジルの超一流ミュージシャンのCDをリリースしている当該レーベルから、2013年、デビューアルバム「ザ・シークレット・ガーデン」のリリースをする。なお、当CDでは、エドゥアルド・ファリアス(ブラジル・ジャズ界の重鎮、サックス奏者、レオ・ガンデルマン・グループのピアニスト)が音楽プロデュースを担当。アレンジャー、ピア二スト等として参加している。

 リオ・州立大学日本語学科でのコーラスなどで、指揮者として活躍すると同時に、リオ市内のミュージックスクール3校にて、歌唱、フルート、ピアノの指導にあたる。また、自らがバプテスト教会の信者であることから、リオの様々な教会で、ゴスペル歌手として活躍していた。2016年リオ・ジャネイロより帰国、現在にいたる。

© 2014 por Keiko Omata.